ここで出てくる寅次郎という人物
エルトゥールル号の沈没を知った、山田寅次郎という人物。
別の視点からとらえていました。
この沈没で亡くなった家族に何かできないか。
事故から2日後。
船が沈んでしまったという新聞記事を見て、ひとりショックを受けていました。
一人の人間として、何ができるか。
考えたのは、残された遺族の今後の生活だった。
残された家族のために、義捐金を。
義援金を集めた。
別の国の人間にもかかわらず、遺族のために義捐金を募る活動をした。
明治の初期。まだまだ貧しく自分たちが食べていくだけで精いっぱい。
寅次郎は、どうか話だけでも聞いてほしいと東京中を何日も歩き回り訴え続けた。
それは、新聞社を動かすという驚きの行動に。新聞のおかげで、今の価値で1億円以上の義捐金を集め、さらに民間人でありながら、自らトルコへ向かいます。
1か月の航海を経て、トルコ皇帝にあいました。
トルコにて、何故見ず知らずの外国人に親切なのか問われた
見ず知らずの、しかも外国人に1億円以上の義捐金を集めたのか不思議に思った。
「なぜ日本人は、知らない人間にも優しくできるのですか?」
寅次郎は、武士道の精神を小さいころから実践していた人物。武士道について話したそうです。
その、武士道の精神に感銘を受けた皇帝は、こんなお願い。
「どうかこのままトルコにとどまってくれませんか?」
そうして、寅次郎は14年間にわたりトルコ人に武士道を教えました。
その中には、初代大統領ケマル・アタチュルクも入っていたと言われています。
寅次郎の精神は、どのように受け継がれていったのか・・・次のページへ